【感想】『リコリス・リコイル』「非日常」の中に咲く確かな「日常」

特撮・アニメ

『リコリス・リコイル』について「どんなアニメ?」と聞かれたら、「ガンアクションアニメ」と答えればまず間違いはないだろう。

しかし、僕はこう考える。正確には「日常パートを重視したガンアクションアニメ」だと。

『リコリコ』はガンアクションが魅力の1つだが、僕はそれ以上に日常パートが印象深く感じている。

なぜなら、千束とたきなのバディ物語がメインとなる本作を語る上で、「日常」は非常に大事なファクターになっているからだ。

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千束・たきなの「日常」とは何か?

『リコリス・リコイル』の世界観は、一言で表すなら、クレイジーだ。

平和で治安が良いと思われていた日本は、実は秘密組織DAに管理された世界。全ての犯罪は、DAに所属する少女たち「リコリス」によって人知れず処分される。

わかりやすく言えば「銃を持った高校生ぐらいの女の子たちが、合法的に犯罪者たちを暗殺する」。そんなヤベー設定を第1話冒頭から叩き込んでくる。

「リコリス」の1人・井上たきなは、とある任務で問題を起こし、DAの支部の1つ「喫茶リコリコ」へと左遷される。

喫茶リコリコは表向きはただの喫茶店だが、裏ではDAがやらない仕事を引き受ける「何でも屋」としての顔を持っていた。

たきなはそんな喫茶リコリコで、店員であり史上最強のリコリスと称される錦木千束と出会い、コンビを組むことになる。

たきなはDAでの生活しか知らないのか、年頃の女の子らしい趣味趣向を一切持っていない。回が進むごとに色々と残念な面が出てくる。

そんな「非日常」しか知らないたきなに「日常」を教えようと千束は試行錯誤を繰り返す。

最初は初めて見る世界に戸惑うたきなだったが、千束の明るさに感化され、徐々に心を開いていく。

女の子らしい面が増えていき、喫茶リコリコの経営を支えるために千束を引っ張っていくまでに成長した。

千束・たきなの喫茶リコリコでの日常は、DAに管理された「偽り」の平和の中に存在する。しかし、そこで2人が得たものは「本物」であり、コンビの絆を深める場所・時間になったのだ。

千束・たきなは何のために戦うのか?

物語後半では、テロリスト・真島との戦いが大きく描かれる。

真島はDAに管理された社会を嫌い、人々にDAの存在を公開しようと暗躍する。それを阻止するために、DA本部、そして千束とたきなは真島討伐のために動き出していく。

ここでポイントなのは、DA本部の目的と千束・たきなの目的が100%合致していないということだ。

支部とはいえ千束・たきなはDAの人間であり、真島討伐という目的までは一緒だが、2人とも100%DAが作る社会に賛同し、本部の指令に基づいて行動しているわけではない。

最初DA復帰に執着していたたきなは、いざ復帰の辞令が来た頃には素直に喜べなくなっていた。

しかし、余命があとわずかな千束を救う手がかりを真島が持っていると知り、真島に接触するためにDAに復帰する。

DAをクビになる覚悟で(案の定)問題行動を繰り返す彼女には「千束を救う=千束との日常を守る」という目的が出来あがっていた。

千束は千束でDAからの出動要請をガン無視していたが、恩人の吉松シンジが真島に誘拐されたと知り、彼を救うために余命わずかな命を燃やして行動を開始する。

千束が持つ「小さな日常を守りたい」という思いは最初から一貫しており、最終回の真島との直接対決では、真島から「現状維持」と言われようともその価値観を貫いた。

千束とたきながDAに協力したのは「DAの存在がバレる=自分達のことがバレる=喫茶リコリコでの日常が壊れる」からであって、DAが作る秩序に100%賛同したとは一言も言っていない。

2人は「日常を守るため」に戦い、それがDAが作る秩序を守ることへと繋がったのはあくまで結果論でしかないのではと考える。

最後に

『リコリス・リコイル』が描く日常は、千束とたきながコンビとして成長するきっかけであり、2人が示す価値観としても大きな役割を担っている。

たとえ真島との戦いがどのような未来に繋がったとしても、喫茶リコリコという日常の中で千束とたきなが笑い合っていれば、『リコリコ』はハッピーエンドで終わるアニメなのだ。

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(文・西森圭人)

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